ねじまき鳥つづき。

●【再掲】

ワタヤノボルと主人公の関係は点対称ではなくて線対照である。彼らは似ている。どちらも「左手担当」。

主人公は自らを空き家解体として、箱庭療法を行う。クライアントは自らの力で自らの内面に気付き、制御することを学ぶ。内面の開示。「合意のもとのセックス」。「おかされることはない」。
ワタヤノボルは、乱暴に、本人の知らない自己を本人の同意なくひきずりだす。これは「犯される」ということ。そして、それが、いかに人を傷つけて壊すものであるかということを、【お姉さんの自殺】が示唆している。自己の内面を知ってしまったとき、もとの自分ではいられないということか。

●ねじまき鳥を読んで、
読むのに要した時間と同じかそれ以上をかけて、
考えて、それを楽しんでいる、
まるで、絡み合った紐をほどいているみたい。
ある部分がほどけると、するすると、わかっていく。
なんて面白いんだろ!
だけど、この紐は、ほんとに長くてたくさんからまっているから、まだ、わからない点がたくさんたくさんある、それがうれしい、まだ楽しめるんだ!と思う。