大家さんへの帰宅報告を忘れちゃならない。アパートの裏手が大家さんの庭に当たる。丁度大きな建屋の一軒分敷地面積位の庭が有り、山茶花の生け垣が二つの居住空間を分けている。インターホンでチャイムを告げ要件を言う。

「大家さん、挨拶が遅れて申し訳ない。それと明日は暇なんで車のメンテナンス……、どうでしょう」

「おお、帰って来たかい。表行くよ」

 あらあら……、ご苦労様です。

「元気そうだね。良かった良かった。でマスターも帰ってるのかい」

「私より少し早く……、わたしはついでに雑用済ませて来たので……」

「いいよ、いいよ。あ、それと車なんだけど。あんたの足にしなよ。この頃、我々年寄の車の事故が多いだろ。内の奴かもう乗るなって言うんだよね。でも車検がまだ残ってるしね。かと言ってもう十年だし」

「でも八万キロしか上がってませんよ」

「元は息子の車だからね。手放したくも無いのが少しあるのさ。あんたなら息子も喜んでくれると思う」

「ほんとに私なんかで良いんでしょうか。なら、喜んで使わせてもらいますよ。マスターの足もまだ検査があるし……。助かります」

「これ、キー、ほら」

 大家さんの財布に下がるキーホルダーからメンテナンスの時に受け取るキーが外される。

「はい、戴きます」

「わしは手続きに疎いから、やってくれるね」

「はい、移転登記ですね。私に出来ます。」

「そういや、何年か前に一緒にドライブもしたよね。海の見える道を……」

「覚えてます。三回忌の日ですね。いわし岬の方を廻りましたね。リアス式の海岸線をずっと行きましたよね。また近く行こうと思っていたのでありがたいです」

「それ、便乗は無理かな……。もう一度ゆっくり海を見たいな」

「勿論OKです。大将も気散じに連れて行こうと思ってましたから」

「それじゃ今週は空けておくから、前の日に声を掛けておくれ。頼んだよ」

「はい、判りました。必ず声を掛けさせていただきます」

 ほ~い、なんて幸運だろう。棚から牡丹餅みたいじゃないか。車はワーゲン・シロッコR「砂漠の熱風」 代々と続く名車で第五世代。伊達にわっぱ握って飯を喰ってたわけじゃない。

 ツインチャージャー直列4気筒2000ccエンジンだ。あいつが生きていた当時、俺たちはこの車で出かけては街でバカ騒ぎをしたものだ。およそ山道や海岸線のタイトなコーナーを責めるにはうってつけ。問題は還暦を過ぎた私の歳、以前同様にヒール・アンド・トゥやパワードリフトが出来るだろうか……、ちと心もとない。

 美代ちゃん、もうすぐ会えるよ! けれど、シロッコの金属類の経年劣化は問題ないが……、やはりバッテリーとタイミングベルトは再び交換しよう。ゴム・ベルト類・プラスチック類の劣化が心配だな。さて、大将の都合を一応聞いておくとするか、断ってくれたら幸いだな。